弦楽四重奏曲第1番 モーツァルト

2018年3月7日音楽系

【中学二年生のモーツァルト】

モーツァルトは14歳の年(日本では中学二年生ですね)、一回目のイタリア旅行にずっと出かけています。

モーツァルトは計3回のイタリア旅行をしています。

後の2回の旅行が、初回の旅行と色合いが違うのは、自身の仕事を得るための就活旅行が目的だったということです。
童子が大人顔負けのピアノを弾いて、人々の喝采を浴びる、という興行的な演奏旅行はすでに終わっていました。

初回のイタリア旅行も、仕事を得る目的があったのでしょうが、モーツァルトはイタリアの芸術(演劇、美術、遺跡)を存分に吸収したようです。

人生でもっとも多感な時期を迎えていたモーツァルト。
イタリアの芸術に触発されて、内に秘めた感情を爆発させます。

それが初期の傑作、弦楽四重奏曲第一番K80です。

【ローディにて】

ローディという街で作曲されました。
ミラノ市から南東に約20km行ったところにあります。
”ローディ”という副題がついて紹介されている場合もあります。

四楽章の構成ですが、
この時には第三楽章までが作曲され、
第四楽章は数年後に作曲されています。

モーツァルトの弦楽四重奏曲というと、
ハイドン・セットとかが有名です。
その知名度からこれらの名曲を先に耳にされた人からすると(わたしもそのひとり)、この第一番曲のメロディックな出だしに唖然としてしまうのではないでしょうか。

思いっきり甘いメロディーの第一楽章アダージョ。
生の喜びが疾走する第2楽章アレグロ。
そして第三楽章では
Bメジャー(#が5個)のカノン音型まで出てきます。
”カノン音型についてはこちら

参考までにアダージョの最初の28小節だけ
わたしアレンジ(ピアノトリオ風)で載せときます。

《音源はただ今再編集中です》

DAWソフトはStudio One 3 pro
バイオリンの音源はフリーのVST音源です。

とても美しいメロディーで、コード進行はとてもシンプルです。
G、Dメジャーのコードでほとんど作られている、という感じです。

下は35小節目までのコード譜です。

9小節目からの下降ラインがキレイですね。
モーツァルトの曲を耳コピすると、目の前のウロコが落ちることがしばしばあります。

弦楽四重奏曲という形式は、
第一、第二バイオリン、ビオラ、チェロの緊密なアンサンブルが魅力です。
しかしこの曲では、このカルテットの形式にはまだ手慣れていない感があって、弦楽四重奏曲というより超小型のバイオリン協奏曲を聴いている感じがします。
それゆえ第一バイオリン奏者は、独奏者のようなとても気持ちいい演奏が楽しめるのではないでしょうか。

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【弥生の夜】

弦楽四重奏曲 第一番の第三楽章までが制作されたのが3月15日の夜です。
まだ肌寒い季節とはいえ、イタリア北部でも地中海からドイツ南部に抜ける南風が入って
春を感じることもあるでしょう。

この南風が吹く前後の季節の描写をイメージするのには、ヘルマン・ヘッセの”郷愁”が参考になります。

モーツァルトがその夜、どんな精神状況だったのはわかりません。
その脳内に流れ出るメロディーを、古い形式に捕らわれれずに五線譜にぶつけていったのでしょう。
”天才の衝動による成果”による作品と言えます。

このイタリア旅行中でも
モーツァルトは、ローマの礼拝堂で聴いた門外不出の声楽曲を一回聴いただけで楽譜にしてしまうなど、その天才ぶりをいかんなく発揮しています。

【わたしの疑問】

イタリアに触れることのなかった

ヨハン・セバスティアン・バッハ
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

これら偉大な作曲家たちが、もしイタリア体験していたら人格、作風も多少は変わっていたのでしょうか?
聴いていて楽しいベートーベンというのも想像できませんがw

ちなみに
オペラやオラトリオの作品で有名なゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルはイタリア体験がありました。
ヘンデルの管弦楽曲も大好きです。

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