【DTM】「Let It Be」 その2 ~The Beatles~【ギターレッスン】

2019年2月26日音楽系

[DTM]

前回のブログで「Let it be」をDTM化しました。

その反省wと詳しいデータはこちら
今回はその続きです。

【『Get Back』アルバム】

ビートルズのレコーディングで「Let It Be」の名前が出てくるのは1969年1月です。
(演奏自体はリハーサルとして、それ以前に行われてはいました)

ビートルズが『Get Back』アルバムの制作中の頃です。

前作『The Beatles』(ホワイトアルバム)のレコーディング辺りから表面化し始めたメンバー間の不協和音。
それを再びまとめ上げるために、ポール・マッカートニーが発案したプロジェクトが『Get Back』アルバムです。

当初は、ライブパフォーマンスが前提でした。
ライブパフォーマンスをすることで、以前のビートルズにGet Back(立ち返る)しようとしたのです。

それが映画のためのアルバムレコーディング風景を撮影することに変わります。
(ジョン・レノンは、ライブやるぐらいだったら「ビートルズを解散すれば?」って感じだったらしいです)

ビートルズはそのための楽曲のリハーサル、レコーディングを始めます。
その中で「Let it be」が出てきます。

ただ、ミドルテンポの「Let it be」はライブ向きではありません。
1月30日に行われたアップルビルの屋上でのゲリラライブでは演奏されませんでした。

「Let it be」は翌31日に「The Long And Winding Road」とともにライブ録音されます。
Youtubeでちょっとだけ見られる、ポールがピアノを弾くシーンはこの時の映像です。

「Let it be」は4月にリードギターがオーバーダブされ、5月に『Get Back』アルバムは完成します。
が、リリースはされませんでした。
デビュー・アルバム『Please Please Me』と同じカットで撮影したジャケットまで用意していたのですが。

その頃には、ビートルズはすでにいくつかの新しい曲のレコーディングを初めていました。
7月に入り本格的に『ABBEY ROAD』アルバムの作成に取り掛かります。

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【『Let it be』アルバム】

翌1970年の1月、ポール、ジョージ、リンゴの3人は、『Get Back』アルバム用の追加録音のためにEMIスタジオ(後にAbbey Roadスタジオに改名)に集まります。

その時に「Let it be」にはオーバーダビングが施されました。
アルバムバージョンのソロ、つまり上で私が弾いた(^m^;)ギター・ソロはこの時に録音されたものです。
ブラスセクションもこの時オーバー・ダビングされたようです。

1月5日にエンジニアのグリン・ジョンズの手によって『Get Back』アルバムの改訂版が仕上がります。

しかし、またもや「Get Back」アルバムは放棄されてしまいます。
グリン・ジョンズがプロデューサーとしてのクレジットを欲しがったため、ジョン・レノンがそれを売名行為と捉えて拒否した、ということもあったようです。

その後、「Let It Be」に関しては、シングルカットという形で3月6日にリリースされます。

プロデューサーのジョージ・マーティンによるプロダクションです。
14ヶ月前のレコーディング音源からミキシングされました。
ギター・ソロが後のフィル・スペクター版と違うのはこのためです。

この時期、ジョンはオノ・ヨーコとのバンドでアルバム・シングルをリリースしていました。
ポールもソロデビュー・アルバムをほぼ完成させていました。

もうビートルズは解散状態でした。

そんな中、詳しい経緯はわかりませんが、ジョージ・マーティンは「Let It Be」はビートルズ最後のシングルとして、発表に値する作品だと踏んだのでしょう。

[フィル・スペクター登場]

以前のブログでも出てきたフィル・スペクターです。

ビートルズはごく初期に、フィルのグループ「テディベアーズ」のヒット曲「To Know Him Is To Love Him」をステージで演奏しています。
そしてビートルズのメンバーは、フィルがプロデュースした一連の「ウォール・オブ・サウンド」作品の大ファンでもあったのです。

そのフィルにアルバム制作を依頼したのがジョン・レノンです。
(ジョンの作品「Instant Karma! (We All Shine On)」の制作(フィルがプロデュース)が伏線となりました。)

EMIとの契約で、指定された録音曲数ノルマをなんとかこなしたい
という思惑もあったのでしょう。

フィル自身は、1966年に発表したアイク&ティナ・ターナーの「River Deep,Mountain high」の商業的失敗で、すっかり引きこもっていましたが、1969年にロネッツの「YOU CAME, YOU SAW, YOU CONQUERED!」で復活していました。

ジョンにしてみれば、フィルのお手並み拝見、みたいな感じだったのかもしれません。

フィルは1970年3月23日よりプロデュースに入り4月2日まで仕事をしました。

こうして生み出されたのが『Let It Be』アルバムです。
リリースは5月8日
ポール・マッカートニーが「ビートルズは終わった」と公式発言した4月10日から約一ヶ月後のことです。

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[ウォール・オブ・サウンドの「Let it be」]

「The long and winding road」と異なり、「Let it be」のサウンドには、「ウォール・オブ・サウンド」の痕跡はあまりありません。

節度あるエコーのおかげで、各パートがとても滑らかになっています。
ハモンドオルガンとポールとジョージのコーラスがとてもよくなっています。

そしてリンゴのドラムが、全面に出ていてこの曲を引っ張っています。
一番目立っています。

フィルが、いじりやすいこのミドルテンポの「Let it be」にあまり手を加えなかった(できなかった)のは、たぶん長尺のエレキギターのソロと、歌の二番でギターとヴォーカルとの対話があったためと思われます。

オーケストレーションする隙間がなかった。
ポップス専門のフィルが、エレキギターのディストーション音のメロディーの裏で、どのようなアレンジがいいのかわからなかった
のではないでしょうか。

それでもフィルがなんとかロックの音、ビートルズの音に対抗しようとしたのが「I Me Mine」のオーケストレーションであり、そのウサを晴らしたのが「The long and winding road」だったのだと思います。

【まとめ】

ビートルズとしては異例の、紆余曲折を経て「Let it be」というシングルとアルバムは完成しました。

その原因のほとんどが、ビートルズのメンバー同士の不和にあったことがちょっと悲しいです。

それを象徴しているかのような、メンバーの顔写真を別々に黒枠で分離しているジャケット
ポールの意味深な歌詞
最後のシングルに相応しいものでした。

その意味で、1970年1月3~4日、放置されていた『Get Back』アルバムを、なんとかしようと集まったポール、ジョージ、リンゴでさえ見放した、録音テープの山から作品に仕上げて、1970年中に、その時代の空気の中で、リリース可能にしてくれたジョン・レノンとフィル・スペクター、そしてジョージ・マーティンには感謝しかありません。

ちなみに日本でもっとも売れたビートルズのシングルがこの「Let it be」です。
(アメリカでは”Hey Jude”が最も売れたシングルです)
日本人受けするカノン音型ですから(*^^*)

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